テキサスの思い出(8) – 日本とダラスとグアテマラと

団体閉鎖の数週間前の出来事。

カテゴリー: テキサスの思い出 , 『puroresu』

1994年8月。

23日の火曜日に、同じくテキサスに住むKさんと2人で、自分の車で10時間運転し、アイオワ州アイオワシティまで行った。翌24日、現地に住む日本人の友人と3人でWCWシーダーラピッズ大会を観戦。自分にとって唯一生で観たアントニオ猪木の試合だった。翌日再び車で長時間運転しテキサスに戻った。

更にそのまた翌日、Kさんと共に、当時自分がほぼ毎週金曜夜に行っていたGWFスポータトリアム大会へ。本来なら、自分が住んでた町より車で数時間離れたとこに住んでいたKさんに、わざわざ付き合っていただくこともなかったのかも知らないが、当日は新日本プロレスから海外修行中でアメリカに来ていた西村修も出場するとのことだったんで、再びお誘いした。

当時、スポータトリアムでいつも観戦していた東洋人なんて自分くらいだったが、その日はさすがに大勢の日本人が来てた。アイオワへ猪木を見に行ってた週刊プロレスのツアーが、まるごとダラスに移動、それを理由に西村を出場させたってことなんだろう。

いつものように売店に行ってビールを買おうとすると、ダラス郊外在住の日本人プロレス写真家のJSさんの姿が。週刊ゴングの担当だったと記憶するが、普段GWFには来てなかったし、珍しく来たと思ったら、当時週刊プロレス担当で毎週スポータトリアムに来ていたアメリカ人女性写真家のLRさんとディナーに行くからとか、そういう理由だったが、さすがに西村出場となると、仕事目的で来ないわけにはいかなかったらしい。

そしてもう1人、見たことある顔が。週プロで毎週コラムを連載し、日本からのツアーを引率していたFSさんだ。

とにかく、毎週行ってた会場に大勢の日本人が押し寄せて来ていて、常連客達も驚いていた。中には、その日本人達と自分を見比べながら、「なんだ、そういえば、お前はいつも来てる奴じゃん。」と改めて認識してくれた人達もいた。っつうか、最も違和感を抱いてたのは、おそらくこの自分だろう。(笑)

試合結果(左側が勝者):

  • チャズ・テイラー vs ダニー・デービス
  • タッグ・テイラー vs リコ・スワヴェ
  • ブラック・バート vs マーク・バリアント
  • GWFライトヘビー級選手権: 西村 修 vs アレックス・ポートゥ
    ※ 西村王座奪取。
  • アクション・ジャクソン & アル・ジャクソン vs アイスマン・キング・パーソンズ & エボニー・プリンス
    ※ 反則勝ち。
  • クリス・アダムス vs ロッド・プライス
    ※ ノンタイトル。無効試合。

西村ってライトヘビー級って体格じゃないと思ってたが、まぁそれはよかろう。(笑)

そのライトヘビー級王座は、数ヶ月前にカルビン・ナップがポートゥから奪取してたはずだが、まぁそれもよかろう。(笑)

リング上では、「空位だった王座をポートゥが『グアテマラ』での決定戦で奪取した」と発表されたが、「さすがにそれは強引だろ」と失笑してたのは、うちら常連仲間だけじゃなかった。(笑)

試合は悪くなかったと記憶する。当時アメリカでは滅多に使われてなかった腕ひしぎ逆十字を西村が使った際には、とりあえずうちら(常連仲間プラスKさん)は結構盛り上がった。

試合後、西村がマイクを握り日本語で喋ってたが、当然のことながらツアー向けで、彼らはいつもうちらが座ってた方とは反対側に座ってたので、我々には背を向けてた。でも、通路はうちら側だったんで、退場間際に、「ありがとうございました。」と声をかけると、「え、こっち側にも日本人が!?」と言わんばかりに一瞬戸惑ってた。

西村の後ろ、左側にいる白いタンクトップが自分。(写真: テリー門倉氏)

ちなみに、自分の友人で悪役マネージャーをやってたブランドンも、メインイベントでプライスのセコンドとして出場してたはずだが、なぜか全く記憶に残ってない。

全ての試合が終わり、会場を去ろうとしたら、再びJSさんを見かけたんで、半信半疑で問いかけてみた。

「西村、王座奪取っつうても、また来るんですかね。」

「フロリダ住んでっからね、金かかるんだよなぁ…」

まぁ、そりゃそうだわな。

結局それが西村唯一のスポータトリアムでの試合だった。

それどころか翌月GWFは閉鎖。10月からは別団体が同会場での興行を引き継ぐことになる。


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