テキサスの思い出(16) – 観戦仲間

様々な出逢いに感謝。

カテゴリー: テキサスの思い出 , 人物

先日、Facebookのテキサスのプロレスに関するグループに、見知らぬ人からのある一枚の写真の投稿があった。

左の人のシャツには「Charlotte loves Terry Gordy」と書いてあり、右の人のシャツには「Sharon loves Michael Heyes」とある。要するに、この2人はマイケル・ヘイズとテリー・ゴーディの『ファビュラス・フリーバーズ』のファンだということだ。わざわざこんなシャツを着ているということは、1980年代のダラス地区の鉄の爪兄弟の全盛期に、あえて悪役だったフリーバーズを応援していたということだ。余程の強者だったんだろう。

これまで何度も書いて来たとおり、自分がテキサスに引っ越したのは1989年夏で、実際に毎週ダラスのスポータトリアムに観戦しに行くようになるのはもっと後のこと。

毎週通うようになり、しばらくすると試合後にうちら観戦仲間に、食事に行こうという誘いが来るようになる。

大抵の場合、この写真の左に写っているシャーロットからだった。うちらはいつも最前列を陣取っていたが、彼女もまた娘のリサと共に最前列にいて、結構な頻度でうちらの近くに座っていた。

WCCWの全盛期からスポータトリアムに通っていた人物の話を生で聴けるのは、うちらにとっても重要だったし楽しかった。「私は、エリック兄弟の人気が絶好調の時に、フリーバーズを応援していた数少ない一人だったんだよ。」と語ってくれることもあった。正に上記の写真がそれを物語っている。

でも癖の強い面もあった。ある日、自分が彼女に、鉄の爪兄弟やフリーバーズなどダラスを本拠としていた選手達が日本で試合をしているのをビデオテープに集めてプレゼントしようかと申し出たら、「いいよ。私はテキサスで何が起こってるかということしか興味がない。」という返事が返ってきた。超典型的なテキサス人だというとそれっきりなのだが…。とはいえ、幸いこのアジア人である自分に対して差別的な言動や行動は一度っきりもなかった。

また、彼女が試合後に食事に誘ってくれてたからこそ、SWSでもレフリーで活躍したジェームス・ビアードや、かつてサンアントニオやダラスでリングアナウンサーや実況で活躍した故マーク・ナルティ、後のWWFインターコンチネンタル王者トニー・ノリスらとともに食事をすることもできた。また、同じレストランで別のテーブルで食べていたレッド・バスチェンやベン・ピーコック(キマラ2号)と会うこともできた。

自分が1995年にテキサスを出た後もしばらくはメールを交換していたんだが、テキサスを出た人間には興味がなかったのか、次第に連絡は途切れていった。

そして今日、前述のFacebookの投稿を見かけて、自分のタイムラインに「そういえば、シャーロットってどうしてんのかな」みたいな内容でその写真をシェアしてみたら、90年代当時GWFのスタッフだった一人から、通常滅多にコメントくれないのに、「残念なことに、彼女は2014年に他界した。素晴らしい人だったよ。」という返事があった。

色々あったんだけど、今となっては全てが素敵な思い出。彼女抜きでは、自分のスポータトリアム時代は、あそこまで楽しくは無かったと断言できる。

RIP…


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