追悼 – ジェイ・ブリスコ

謝るということ。赦すということ。

カテゴリー: 人物 , 信仰

2023年1月17日、1人のレスラーが38歳でこの世を去った。多くの関係者達が声を揃えて『現在最も素晴らしいタッグチームの1つ』だと言うブリスコ兄弟の片割れ『ジェイ・ブリスコ』ことジェーミン・ピューだ。

メリーランド州の中でも大西洋に近いソールズベリーで生まれると間もなくデラウェア州サセックス郡に引っ越し、以来人口数千人のローレルという町に定住。弟のマークが生まれたのもローレルだ。

選手としての活躍については多くのファンが知ってると思うので、わざわざここで詳しく書くつもりはない。新日本プロレスプロレスリング・ノアを含め、WWE以外の多くの団体でタッグ王座を総なめにしてきたが、その間、決して全てが順調に進んでいたわけではなかった。

以前は、悪役だったという理由もあってか、ジェイが度の過ぎたコメントを繰り返したことにより、危うくプロレス界の表舞台から『キャンセル』されかけたこともあった。

2011年6月、「ニューヨークの街にはおカマ野郎が多すぎる」といった内容のツイートを投稿。更に8月下旬、ハリケーン・アイリーンが米国東海岸の大部分を襲った後、「このハリケーンを東海岸の尻軽女や同性愛の連中に捧ぐ。」とも投稿。この2回のツイートでは旗揚げ当時から参戦している所属団体ROHから特に処罰を受けることもなかった。

だが2013年5月、ブリスコ兄弟のプロレス人生にとどめを刺しても不思議ではなかったツイートをしてしまう。地元デラウェア州の上院で同性愛結婚が認められると、「その決断で喜ぶ連中がいるなら、おめでたいこった。だが、うちのこども達に、それが間違っていないことだと教えるような連中がいるなら、撃ち殺してやる。」と書き込んだのだ。

前月ジェイはROH世界王座を奪取していたのだが、6月25日にROHとの契約が切れ、7月3日付で王座を剥奪される。

その背景には、当時ブリスコ兄弟がWWEに入団する可能性が高まっており、それを考慮したROHが契約更新を断念したのだが、ジェイのツイートが大きな問題となったため、WWEも話を白紙に戻したという説があり、間もなくROHも『負傷』を理由に、ジェイの王座を剥奪し、2人をしばらく試合から外すことを決定。

結局、4ヶ月後の11月上旬にはROHに復帰するが、2試合分のギャラを反憎悪犯罪のチャリティに寄付したという。以降ジェイは幾度となく自分の発言に関する謝罪を続けていくことになる。

2014年7月になるとスポーツキャスターのイアン・リッカボーニがROHに入団し、翌年から実況を務める。リッカボーニは過去にニューヨーク大学で性教育に携わっていたこともあり、LGBTコミュニティーも支援していたことから、ブリスコ兄弟もリッカボーニと共に過ごす時間を増やすことになり、茶化すことなく性的少数者達に関する質問や相談を続けたという。それまで自分達が無知だった世界について、恥じることなく学んでいった。

2022年3月、ROHはAEWのオーナーであるトニー・カーンに買収される。だが9年前のツイートが原因で、AEWの中継が放送されているTBSとTNTの親会社であるワーナーメディアは、同団体がROH世界タッグ王座を保持するブリスコ兄弟と契約することに反対。その結果、2人がAEW関連の中継に出場できるのはワーナーメディアが直接関わらないROHの番組のみになった。

https://twitter.com/BRWrestling/status/1616638318221099008
事故から3日後のWWEスマックダウンの生中継でのケビン・オーエンズ。腕には『JAY』の字が。
ブリスコ兄弟はWWEと契約することさえなかったが、それでも放送中にはジェイの死去についての発表があった。

何度も謝罪を繰り返したにも関わらずワーナーメディアから拒絶されたブリスコ兄弟は同月、バトルグラウンド・ポッドキャストにゲスト出演。番組のホスト達が一通りの質問を終え、他にファンに向かって言いたいことはないかと尋ねた。

ジェイ 「俺達のことを理解してくれてる人達には本当に感謝したい。俺達は相変わらず同性愛嫌悪者というレッテルを貼られてるからな。9年前、俺は人生の中で、最も愚かで、未熟で、ウザいことをやらかしちまった。俺達は本当にみんなのことを愛してるから、俺達のことを応援したくないだなんて思ってほしくない。みんなを大切にしたいから、プロレスラーとしてみんなのために出来る限り最高の試合を見せ続けたいんだ。ずっと前に言ったアホなことについては何度でも謝りたい。本当に愚かだった。誰のことも憎んじゃいないし、みんなを大切にしたいんだ。俺達はただの田舎者で、当時は主(イエス)の教えを守ってるんだと思い込んでたんだ。」

マーク 「兄貴は自分の未熟さに気付いたんだよ。神の愛、主の愛は何事にも勝る。それこそが全てに対する切り札だ。兄貴が主のためだと思って言ったことは、実は神の御国にとっては逆効果だったんだ。1人の人間としてだけではなく、他の、共に生きて愛するべき人達との関係においてもな。」

ホスト 「2人とも、あれ以上状況を酷くするどころか、出来る限りの対応をしてきたんだから、俺達は2人の味方だよ。俺達だって、他のみんなだって、ツイッターとかで、アホなことを言ったりするしね。」

マーク 「お互い欠点ばかりを指摘し合うことが愚かなんだよな。完璧な人間なんてこれまで1人しかいなかったけど、その方が既に十字架にかけられてくださったんだから、俺達が十字架にかけられるべきじゃないんだ。」

https://twitter.com/theglamazonpdm/status/1616140359456915456
「人って変わることができる。 問題を起こした時の説明責任は必要だけど、成長する機会を与えることも同様に重要。 誰かに対して学ぶことや進化することを要求しときながら、その機会も与えず行き詰らせるんじゃ、何も生み出せないと思う。」
女装ジャーナリストで運動家、そして現在NWAでマネージャー役も務めるポヨ・デル・マルによる事故から2日後のツイート。

約2週間後の4月1日、AEWに買収されて以来初めてのROHの大会で、ブリスコ兄弟はFTR(ダックス・ハーウッド & キャッシュ・ウィーラー)に敗れROH世界タッグ王座を明け渡す。7月23日にはFTRに挑戦するが王座奪回に失敗。12月10日、2度目の挑戦でFTRを破り王座を奪回するが、この間インパクト・レスリングGCWといった米国の主要団体、そしてニューヨークで人気のあるインディ団体ハウス・オブ・グローリー(HOG)のタッグ王座も奪取した。

12月17日、ニューヨーク市内でジェイ・ライオン & マイダス・ブラックにHOG王座を明け渡したのが、兄弟として最後の試合となった。

それからちょうど1ヶ月後の事故当日、ジェイは2人の娘をチアリーディングの練習に連れて行くところだった。ぶつかって来た車の運転手も死亡。ジェイの娘達も重体で、20日の時点では、少しずつ回復に向かっているとはいえ時間はかかりそうだとの情報が入ってきている。

https://twitter.com/jaybriscoe84/status/1615431308359917580
事故の3時間前に投稿された最後のツイート。ジェイの帽子にある『13X』(x = times)というのはROH世界タッグ王座を奪取した回数だ。

ジェイは地元デラウェア州ローレルの中学校でフットボール部の助監督も務めており、過去には町の中高生達の野球チームのコーチをしていたこともある。時にはスポーツをやらないこども達にも声をかけ、語り合うこともあったという。

ローレル学校区は事故の翌日、哀悼の意を込めて幼稚園から高校まで全ての学校を休校にした。それほどジェイは現地にとって大切な存在だったということなのだろう。

だがその晩、AEWの毎週水曜の生中継で追悼セレモニーが予定されていたが、またもやワーナーメディアからストップがかかり、AEWはやむを得ず生中継終了後にROH名義で追悼イベントを収録した。あくまで個人的な想いだが、もしトニー・カーンが今後ROHに関してPPV以外にあまり力を入れるつもりがないのなら、ブリスコ兄弟を永久王者組としてタッグ王座を封印してくれたらと思う。

※ 追記: 1月25日、AEWはケンタッキー州レキシントン大会の生中継で、ジェイの弟マーク・ブリスコとジェイの友人でライバルでもあったジェイ・リーサルとの間での追悼試合を開催。トニー・カーンがワーナーメディアに懇願し続けたのか、ワーナーメディアに苦情が殺到したのかは現時点では不明。

今の世の中、特に有名人に対しては、暴言失言などを理由に社会的に抹殺しようとする傾向にある。20~30年以上前の行動や言動を洗い出して攻撃することも珍しくない。いくらそれが昔の話で、本人が何度も謝罪したり、法的に罰を受け更正しても、容赦がない。以前も『キャンセルカルチャー』について書いたが、特にSNSが普及してからは、自分のことは棚に上げて人を批判するのが『普通』になっているようだ。

過去の間違いを悔い改め、謝罪を繰り返し、更には命を落とした後でも、それでも赦そうとしない人達がいるってことなのだろう。それだけ心に余裕がない世の中になってしまってるのかもしれない。

自分はブリスコ兄弟のことを個人的には知らない。何度も生で試合を観たことはあったが、特に試合後に声をかけてみたこともない。だが、関係者達が彼らのことを褒めているのはよく目にするし、ここ数年のインタビューなどを観ても、なんとなく「多分いい人達なんだろうな…」と思えてしまう。

娘のチアリーディングの練習に付き合うジェイ。リング上とは正反対のよき父親の姿だが、これが最後の親子での映像だという。

多くの人達がジェイのことを、プロレスラーとしてだけではなく、自らの間違いを認め、『標的』にしていた人達に対する理解を深め、家族だけではなく周りの人達も大切にし、成長を続けようとしていた1人の人間として憶えていくことができたらと思う。

故人の魂とご遺族の癒しを祈りつつ。

RIP…


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