1977
  • ジェリー・ジャレットがNWA理事ニック・グラス(ミッド・アメリカ地区=アラバマ北部&テネシー)と仲間割れし、 興行戦争を開始。同年、メンフィス地区を乗っ取る。
    1978
  • ファンク兄弟がディック・マードク&ブラックジャック・マリガンにアマリロ地区の興行権を売り渡すが、80年に同地区は崩壊。
    1979
  • ビル・ワッツがNWA世界ジュニア・ヘビー級王座管理者であるレロイ・マクガークの中南部地区(ルイジアナ、オクラホマ、アーカンソー、ミシシッピ)のうち、オクラホマ以外全域を手に入れる。マクガークはオクラホマで興行を続けるが、82年に同地区は崩壊、ワッツのMSWAが進出。
    1980
  • エド・フランシスのハワイ地区崩壊。
  • ザ・シークのデトロイト地区も崩壊。
  • テネシーのミッドアメリカ地区(ナッシュビル)も崩壊し、AWA派のジェリー・ジャレット(メンフィスCWA)が乗っ取る。
    1981
  • 前年ミッドアトランティック地区のジム・クロケットJr.がNWA会長に就任、それに反発したスチュ・ハートのカルガリー地区がNWA脱退。
  • サンフランシスコ地区が崩壊し、翌年AWAが進出。
  • ジョージア地区のジム・バーネットがオレイ・アンダーソンに興行権を譲り、WWFに移籍。これにより、WWFがジョージア地区の株の一部を手に入れる。
    1982
  • 通算22年NWA会長を務めたセントルイスのサム・マソニックが引退。
  • ロサンゼルス地区が崩壊し、翌年から友好関係にあったWWFが進出。
    1983
  • トロント地区のフランク・タニーが死去。息子のジャック・タニーが後を継ぐ。
  • ビンス・マクマホンSr.が引退(82年?)、WWFの実権を握ったマクマホンJr.がNWAを脱退し、全米侵攻を始める。
    1984
  • オレイ・アンダーソンのジョージア・チャンピオンシップ・レスリングがWCWに改名するが、ブリスコ兄弟が同地区の株をWWFに売り渡し、TBSでの放送がWWFに乗っ取られる。しかし視聴者の抗議の電話が殺到。
  • WWFはジャック・タニーのトロント地区も買収。
    1985
  • NWA会長クロケットがWCWを合併しWCW社長に就任、「NWA」の名で興行を続ける。WWFからTBSでの放送権も買い戻しクロケットは全米侵攻を開始。
  • フロリダ地区のエディ・グラハム元NWA会長が自殺。
    1986
  • フリッツ・フォン・エリックのテキサス地区と全日本プロレスががNWAを脱退。事実上NWAは崩壊するが、全日は「NWA会員」として90年(?)までWCWと業務提携を続ける。
    1987
  • WCWがフロリダ地区とUWF(旧MSWA)を買収。
    1988
  • アラバマ地区とボブ・ガイゲル元NWA会長のセントラル・ステーツ(カンサス、ミズーリ、アイオワ)地区がNWAを脱退。
  • テッド・ターナーがWCWを買収。2年後にNWA本部から「NWA」の名称使用に関してクレームをつけられる。
    1990
  • 法律上存在し続ける「NWA理事会」がWCWによる「NWA」の名称の使用にクレームをつけたため、翌年からWCWは全ての王座をWCWに改名し、当時のNWA王者フレアーが初代WCW王者に認定される。NWAも引き続きフレアーを王者に認定。
    1991
  • リック・フレアーのWWF移籍により、1948年の結成以来初めてNWA世界ヘビー級王座が空位となる。
    1992
  • WCWと新日がNWA王座を復活させる
    1993
  • 新日がNWAを脱退。
  • フレアーとリック・ルードのNWA世界戦を巡ってNWA本部とWCWが対立。WCWがNWAを脱退し、以後NWAはアメリカの独立団体の組合となる。