NWA発足74周年記念大会を3日後に控えた2022年8月24日、ハワード・ブロディ元NWA会長が他界。決して表舞台で目立つ活躍をしたわけではないが、ペンシルバニア州フィラデルフィアを本拠としていたECWのフロリダ州進出を手掛け、ダスティ・ローデスと共著でローデスの自伝を出版した。また、ヒロ・マツダと共に新日本プロレスの海外向け番組を作成しヨーロッパや南アフリカで放送、1999年にマツダが他界し企画が中止になるまで米国での定期放送も計画していた。
そして何よりも、1996年から2001年までNWAの会長を務めたということは忘れてはならない。その間、かつて『幻』といわれていた藤波辰爾の王座奪取も正式に認定し、ダン・スバーンと小川直也の選手権試合にも来日。再びNWAというブランドおよび世界ヘビー級王座の価値を上げることを目指し、日本との関係強化に努めた。WCWの離脱やECWの反逆から、WWFとの業務提携、そしてTNA旗揚げまで、崩壊寸前だったNWAを統率し続け、ブロディ抜きではNWAが21世紀を迎えることもなかった可能性さえある。
NWAにとって恩人といっても過言ではないブロディの急死だったにも関わらず、残念ながら何日経ってもNWAからの正式な声明はなかった。
今回の大会の2日目のメインイベントでは、当初世界ヘビー級王者トレバー・マードックに、挑戦者決定トーナメント『Race to the Chase』に優勝した元王者ニック・オルディスが挑戦する予定だったが、7月21日、突如としてビリー・コーガンNWA社長は挑戦者変更を発表。
その2日前に放送された『NWA Powerrr』では、トーナメント決勝戦の前にインタビューでコーガンが忠告。「舞台裏で社長としての俺の足を引っ張ろうとしている連中がいる。言っておくが、誰が挑戦権をもぎ取ろうと、それを無効にする権限も俺にはある。」
そして21日、シリウスXMラジオで放送中の『Busted Open Radio』に出演したコーガンは、番組の中で重大発表をした。「オルディスとは過去4年仕事をしているが、NWAの中で彼ほど俺にストレスを与えている存在はない。選手の中でもらっている額が最も多いのがオルディスだが、持っている不満が最も多いのもオルディスだ。55歳にもなって、家族もいるし、音楽活動も続けている俺に、そんな政治的なことに付き合っている余裕なんてない。挑戦権は剥奪、オルディスの74周年記念大会のメインイベント出場も白紙だ。」
強引に挑戦者を変更したコーガンだったが、実際にオルディスとの関係が以前ほど良好ではないという説もある。
今尚スマッシング・パンプキンズのリーダーとして音楽活動を続けているコーガン。今年3月~5月、そして10月~11月と北米ツアーを続けてはいるものの、決して片手間程度でNWAを運営しているとは思えない。だが、そんな多忙な中、自らブッカーを務めているのも事実。現在のNWAの物語は全てコーガンによって描かれているのだ。一方オルディスは、選手として活躍しているだけではなく、番組のディレクターの1人としても名を連ねている。いくらコーガンが社長とはいえ、もしブッキング面で独裁を続けているのであれば、これまで行動を共にし裏方でもNWAを支え続けてきたオルディスに色々な想いがあるのも当然だろうし、意見の相違により確執が生まれているのが仮に本当だったとしても不思議ではない。
新しく挑戦者に選ばれたのは世界テレビ王者タイラスだが、それにはコーガンとオルディスとの確執以外に、もう1つの理由が考えられる。
2016年以来タイラスは、ニュース専門ケーブル局『Fox News』に解説者として出演し続けている。左寄りの局が多い主要メディアの中で、『Fox News』はかなり右寄りのため、その分視聴率も高く、現在のNWAで最も有名なのもコーガンに次いでタイラスだと思われる。昨年3月NWAに初出場して以来、名勝負を残していないタイラスが今回挑戦者に起用されたのも、その知名度からだと言われている。尚、コーガンも右寄りで、陰謀論で悪名高いアレックス・ジョーンズの番組にゲスト出演したこともあり、政治的な面でもタイラスとの関係が強いのではないかという説もある。
現在のNWAの抱える問題の一つとして、そのスケジュールがある。PPV大会の翌日から2~4日間『NWA Powerrr』と『NWA USA』の収録を行う。そして次のPPVが開催されるのは、通常約3ヶ月後だ。1つのPPV大会が終わると即、次のPPVへつなげるための3ヶ月分の番組を一挙に収録してしまうのだ。プロレスでは常に選手達がリスクを伴ってはいるが、間が2ヶ月以上も空いていると、そのリスクも増えていくのは当然のこと。前回PPV『Alwayz Ready』に世界ヘビー級王者マット・カルドナが負傷のため出場できず、王座返上をする羽目になったように、せっかくその期間の展開を既に放送していても、PPV開催の土壇場で大きな変更を要する可能性も大きくなるということだ。
また、全選手と長期契約を結んでいるわけではないので、その2~3ヶ月の間に選手が離脱し、ある『流れ』が続いていても、PPV開催の前後には特に何の説明もなくいつの間にか忘れ去られてしまい、継続性に欠けることが多いのも事実。
そんな中で、今回の大会では復活USタッグ王座決定バトルロイヤルの開催が発表され、更に7月26日放送の『NWA Powerrr』では、ディレクターの1人である元WWF世界女子王者メドゥーサがインタビューに登場し、女子テレビ選手権の新設も発表。契約選手も少ないのに、ここまで選手権を乱立されて本当に意味があるのかどうか疑問だ。
そして、テレビ撮りからPPVまで数週間空いているということが関連しているのかどうかは不明だが、もう1つ大きな問題が生じた。
『コモンウェルス・コネクション』としてダグ・ウィリアムスと組んで世界タッグ王座を保持していたハリー・スミス(デイビー・ボーイ・スミス・ジュニア)が『病気』のため74周年大会に欠場するということが、大会当日に発表されたのだ。結果、同王座は空位となり、急遽王座決定戦が行われることとなった。個人的には、なんとなくスミスはNWAで長続きしそうな気がしなかったので、あまり驚いていないのが正直なところだが…。
前回のPPV『Alwayz Ready』で、負傷のためやむを得ず世界ヘビー級王座を返上したマット・カルドナの復帰戦も発表されたが、対戦相手はカルドナ自身が当日選ぶこととなった。
試合結果 (左側が勝者):
27日
- カントリー・ジェントルメン [A・J・カザナ & アンソニー・アンドリュース] (6:35) ゴールド・ラッシュ [ジョーダン・クリアウォーター & マルシェ・ロケット]
- レット・タイタス (5:46) VSK
- ロドニー・マック (4:49) ザ・ポープ
※ マックのセコンドに付いていたアロン・スティーブンスが試合後もポープに攻撃を続ける中、スティーブンスの元タッグパートナー、クラトスが登場しポープに加勢、翌日のタッグ戦が決定。 - カプリス・コールマン & グスタボ (7:30) コルビー・コリノ & レッキングボール・ルガースキー
- EC3 (4:52) ミムス
- ミゼラブリー・フェイスフル [ジュダイス & サル・ザ・パル & ギャグス・ザ・ギンプ] (9:42) イル・ビーガッテン [ジェレミア・プランケット & アレックス・テイラー & ダニー・ディールス]
- クリス・アドニス (7:26 反則) オディンソン
- 世界ジュニアヘビー級選手権: ホミサイド (12:39) ケリー・モートン
※ 王座防衛。 - ローランド・フリーマン (5:42) マット・カルドナ
- バーク招待杯10人参加時間差式バトルロイヤル決勝: マックス・ジ・インペイラー (17:24) ナタリア・マルコバ
※ マックスの翌日の世界王座挑戦が決定。 - ナショナル・ヘビー級選手権: サイオン (7:26) ジャックス・デイン
※ 王座移動 - テーブルマッチ: ブリー・レイ (8:38) マイク・ノックス
- 世界タッグ王座決定戦: ラ・レベリオン [ベスティア666 & メカ・ウルフ] (13:10) ホークス・エイリー [ルーク・ホークス & P・J・ホークス]
- 世界女子選手権: カミール (18:58) タヤ・ヴァルキリー
※ 王座防衛。
28日
- サブミッション・マッチ: ダグ・ウィリアムス vs レット・タイタス (10分時間切れ引き分け)
- アンジェリーナ・ラブ (5:32) タリン・テレル
- ケリー・モートン (4:33) グスタボ
- クイーン・ビー予選6人タッグ: ナタリア・マルコバ & ミッサ・ケイト & マディ (6:50) タヤ・ヴァルキリー & カイリン・キング & ジェナサイド
※ 勝者組が決勝3ウェイ戦に出場。 - クイーン・ビー決勝3ウェイ: ナタリア・マルコバ (3:27) ミッサ・ケイト、マディ
- コルビー・コリノ (2-1 9:57) カプリス・コールマン
- USタッグ王座決定12組参加バトルロイヤル決勝: ザ・フィクサーズ [ジェイ・ブラッドリー & レッキングボール・ルガースキー] (14:07) チーム・アンビション [カマロ・ジャクソン & マイク・アウトロー]
- ジェーク・ドゥマス (7:15) マーキュリオ
- MLWナショナル・オープン級選手権: デイビー・リチャーズ (10:24) スリルビリー・サイラス
※ 王座防衛。 - ナショナル・ヘビー級選手権: サイオン (8:18) アンソニー・メイウェザー
※ 王座防衛。 - 世界女子タッグ選手権 (ストリートファイト): プリティ・エンパワード [ケンジー・ペイジ & エラ・エンビー] (10:02) ザ・ヘックス [アリシン・ケイ & マーティ・ベル]
※ 王座防衛。 - 世界ジュニアヘビー級選手権: ホミサイド (6:12) リッキー・モートン
※ 王座防衛。 - ニック・オルディス (8:43) フリップ・ゴードン
- トルネード・タッグ戦: クレイトス & ザ・ポープ (9:40) アロン・スティーブンス & ロドニー・マック
- EC3 (6:42) トム・ラティマー
- 世界女子選手権: カミール (11:07) マックス・ジ・インペイラー
※ 王座防衛。 - 世界ヘビー級選手権: トレバー・マードック (13:44) タイラス
※ 王座防衛。
女子のみの大会『EmPowerrr』、リック・フレアーのような超大物のゲスト出演、広範囲における宣伝などで業界内でも話題となった昨年の大会とは違い、満員とはならなかった。だが、集まった観客は結構盛り上がっていたように思える。
マット・カルドナが対戦相手として指名したのは現在NWAで活躍する選手の中ではおそらく最も身長が低く、明らかに格下のローランド・フリーマンだったが、舐めてかかったのか、6分弱でフォールを奪われる。
ザ・フィクサーズが奪取したUSタッグ王座のベルトは1970年代のフロリダ版と同じもので、まるでこども向けのおもちゃのような安っぽいデザインだ。どうせフロリダ版のデザインを使うのなら、1980年代のベルトの方が権威を感じさせて相応しいような気がする。尚、今回NWAが使ったデザインは元々ジョージ・レビーによるもので、現在その権利はフロリダ州のベルト業者でプロモーターとしても2000年代にNWA会員だったケビン・ローズが有するらしく、ローズ本人曰く許可なくNWAが使っているとのことで、場合によってはローズとNWAの間で裁判沙汰になる可能性もある。
仲間割れ寸前かと思われた世界女子タッグ王者組エラ・エンビーとカイリン・キングは、結局2人とも悪役ということで落ち着きそうだ。
ちなみに現世界ヘビー級王者トレバー・マードックの本名はウィリアム・ミューラーだが、今回挑戦したタイラスの本名がジョージ・マードック。実際にはトレバーはマードックではなく、対戦相手のタイラスがマードックだということだ。
そのマードックとタイラスの試合は予想に反して意外と評判が良かったが、それ以上に注目すべきなのは、2日連続で世界女子王座を防衛し、両日においてベストバウトだという意見の多い試合をやってのけたカミールだろう。一度も王座を失わないという意味で自ら『One-Time Champion』(一度きりの王者)と称するが、初日は現在MLW、AAA、XPWの女子三冠王タヤ・ヴァルキリー、2日目にはつい先日初来日し東京女子プロレスへの参戦を果たしたマックス・ジ・インペイラーを相手に連日苦戦の中、見事に王座を防衛した。奪取したばかりの頃は、まだ試合も粗削り、喋りにも未熟さが感じられたが、その後の成長は著しい。決してまだまだインディ界のトップとは言えないが、せっかく番組収録から次のPPV開催まで何週間もあるのだから、日本の女子プロレス団体に修行でも行って、更に選手として磨きをかけてほしいところだ。
74周年記念大会中、次期PPVとして『Hard Times 3』が11月12日ルイジアナ州ニューオリンズの郊外シャルメットで開催されることが発表された。同大会を共催する現地のインディ団体ワイルドキャット・レスリングは、現在NWAで活躍中のルーク・ホークス主宰で、2011年に旗揚げと同時にNWAに加盟するが、2012年7月にブルース・サープがNWAの権利を得ると間もなく離脱した団体だ。
前世界ヘビー級王者マット・カルドナは、8月30日放送の『NWA Powerrr』で、現王者トレバー・マードックへの挑戦を表明。また、反則負けなしのルールを条件に再びローランド・フリーマンを対戦相手に指名。だが自ら選んだルールにより墓穴を掘り、マードックが乱入しフリーマンに加勢、再戦においてもカルドナがフォール負けを喫した。
同じく8月30日には、アロン・スティーブンスが覆面レスラー『ザ・クエスチョン・マーク』を紹介。2021年5月に他界したジョセファスが使っていたのと似たようなデザインを流用し、本来このようなギミックなど必要ないロドニー・マックが正体であることから、一部のファン達から不満の声が上がっている。更に9月13日の放送では、別選手が覆面を被り『ザ・クエスチョン・マーク2』として登場、リングに乱入し、マックの扮するクエスチョン・マークを攻撃。これもまた、批判的なファンの反応を知ることなく、番組数回分を一挙に収録していることから生じた問題とも言えるのかもしれない。
9月3日放送の『NWA USA』では、ナショナル・ヘビー級王座挑戦者決定トーナメントが開始。優勝者が『Hard Times 3』で、オースティン・アイドルの息子を名乗る新王者サイオンと対戦する。
9月6日の『NWA Powerrr』では、チェルシー・グリーン、ジェナサイド、カイリン・キングとの4ウェイ戦に勝利したタヤ・ヴァルキリーが世界女子王座への挑戦権を獲得、『Hard Times 3』でのカミールとの再戦が決定した。先日対戦したばかりの両者だが、現在のNWAにおいてカミールを相手にあれほどの試合ができるのもヴァルキリー以外に考えられないのではないだろうか。
ニューオリンズでは各団体で王座を総なめにしようとしているヴァルキリーのNWA初栄冠となるか?
同大会では自称『NWAの救世主』マット・カルドナの世界ヘビー級王座奪回となるか?
ビリー・コーガン社長とニック・オルディスの確執の行方は?
USタッグ王座は、あの安っぽいデザインの疑惑付きのベルトままなのか?
74周年記念大会以降全く言及されていない女子テレビ王座は、本当に新設されるのか? 別にいらんけど。(笑)
まだまだ目が離せないNWAなのである。