カテゴリー: テキサスの思い出

大学時代ダラス郊外に住んでて、毎週プロレス生観戦しに行ってたこともあった。
テキサスの思い出(15) – 心のこり
テキサスの思い出(14) – とりあえず最終回
今回でこの『テキサスの思い出』シリーズは最終回。いつかまた何か思い出したら追加で書くかもしらんが、とりあえず一区切りつけよう。ダラスのプロレス関係者や他の常連客達とか、強烈な人が多かったんで、暴露するならもう少しはネタが …
テキサスの思い出(13) – キャプテン・レッドネック
このシリーズもとうとうネタ切れなもんで、多分次回が最終回。 『レッドネック』とは、主に米国南部のあまり裕福でない白人を差す表現。日差しの強い南部で働く農民など労働者の首のあたりが赤く日焼けすることから始まった言葉で、白人 …
テキサスの思い出(12) – テレビ中継
そろそろネタがなくなってきたんで、この『テキサスの思い出』も後残り2回で終わりかな。今回は、毎週生観戦に行き始める前の話。 そもそも、自分が毎週ダラス・スポータトリアムに通い始めたのは、インターネットで知り合った地元のフ …
テキサスの思い出(11) – 虎の爪
アメリカのテレビでは、コマーシャルの間にちょっとだけ速報を流し、「詳しくは6時のニュースで。」といった具合に、その晩のニュース番組の宣伝をすることが多い。 1993年2月18日。大学の授業を終え、アパートに戻りビールを飲 …
テキサスの思い出(10) – 毒針と松葉杖
1994年夏。我々数名のプロレスオタク共にとっては、毎週金曜夜ダラス・スポータトリアムでのGWFの興行が、プロレス観戦以上に『寄り合い』の場だった。プロレスをダシにビールを飲むといったとこだろうか。 だがその頃は少しずつ …
テキサスの思い出(9) – 親子で観戦
ダラス・スポータトリアムの常連だった頃、同じくほぼ毎週来てたこども達もいた。 会場の周りは結構物騒だったし、第一、この国ではこども達だけで出かけるということはまずないので、当然同伴の大人がいたんだろうが、それらしき人達を …
テキサスの思い出(8) – 日本とダラスとグアテマラと
1994年8月。 23日の火曜日に、同じくテキサスに住むKさんと2人で、自分の車で10時間運転し、アイオワ州アイオワシティまで行った。翌24日、現地に住む日本人の友人と3人でWCWシーダーラピッズ大会を観戦。自分にとって …
テキサスの思い出(7) – 少年の夢
ダラス・スポータトリアムの常連だったころ、時々試合後に選手やレフリー、アナウンサーらと食事に出かけることがあったが、プライベートでも仲良くなったのが1人だけいた。 1991年、グローバル・レスリング・フェデレーション(G …
