テキサスの思い出(13) – キャプテン・レッドネック

それでも狂犬は暴走する…

カテゴリー: テキサスの思い出 , 人物

このシリーズもとうとうネタ切れなもんで、多分次回が最終回。

『レッドネック』とは、主に米国南部のあまり裕福でない白人を差す表現。日差しの強い南部で働く農民など労働者の首のあたりが赤く日焼けすることから始まった言葉で、白人至上主義者など決していい意味ではないが、時として南部の腕っぷしの強い男性の象徴のような意味で使われることもある。

また、白人を蔑む別の言葉で、『ホワイト・トラッシュ』(trash=ゴミ)というのもあるが、違う意味で使われることが多い。必ずしもとは限らないが、『レッドネック』の方が多少自分で選んだ生き方という印象が強いような気がする。『ホワイト・トラッシュ』の方は比較的、モラル的にも低めの低所得者層という感じだろうか。自分自身のことを誇らしげに『レッドネック』だという人間はいるが、『ホワイト・トラッシュ』だと自称するのはあまりいないはず。

かつてアメリカで『キャプテン・レッドネック』の異名で知られる選手がいた。来日回数も他の昭和の外国人選手達に比べると結構多いと思われる『狂犬』ディック・マードックだ。正に『レッドネック』ではあったが、少なくとも自分が印象を持っている『ホワイト・トラッシュ』という感じではなく、白人であることに誇りを持っているのが強く感じられた。

自分が毎週ダラス・スポータトリアムにプロレス観戦しに行くようになった頃はGWFが興行していたが、1994年9月にはその3年の幕を閉じた。

10月にはかねてからの噂どおり、かつてミッドアトランティック地区を牛耳り通算7年NWA会長を務めたジム・クロケット・ジュニアが再び『NWA』の名称を使ってスポータトリアムでの興行を始めた。我々観戦仲間数名は引き続き毎週金曜の夜になると最前列に集結。最初の3、4週間は、まだ売店でアルコールを販売する許可が下りてなく、毎週みんなでブーイングしてたっけ。

11月のある日、会場の外の掲示板になんと『TONIGHT DICK MURDOCH』と書いてあった。予想もしていなかったので、丁度自分と同じくらいのタイミングで車から出てきた観戦仲間のPと顔を見合わせながら喜んだ。

その後マードックは常連になった。毎週出場していた中に数人いたしょっぱい選手達とは全然違い、マードックなので安心して試合を観れたし、マードックなので盛り上がったし、マードックなので思い切って応援する気になれた。

だが、マードックなので焦らされたこともあった。

最も強く記憶に残っているのは、1995年2月、以前WWFでテッド・デビアスの召使およびボディガード役だった黒人選手バージルとの一戦。

マードックは悪役だったので、試合開始と同時に観客は一斉にバージルに声援を送りまくる。するとマードックは、ゴングが鳴った後であるにも関わらず、リングを下り、本部席からマイクを奪って言った。

「おまえらみたいなダラスの『ホワイト・トラッシュ』どもは、こんな奴のことを応援してるようだが、俺の地元だと、こういうのは木からぶら下がってるんだよ。」

「木からぶら下がってる」というのは、ビリー・ホリデーが歌った『奇妙な果実』などでも知られてるような、かつて南部でよくあったと言われる、白人達が集まって黒人を捕らえ私刑として絞首すること。

もちろん観客は大ブーイング。リング上のバージルは苦笑いしながら「おいおい、マジかよ。」といった表情。うちら観戦仲間は、「うわ…、言うてもうた。」と唖然。

自分の記憶では、バージルが試合をしたのはあれっ切りだったと思う。いや、もう1、2回出たかも。いずれにせよ長くは続かなかった。

スポータトリアムの常連だった頃、自分が撮った数少ない写真の一枚。

あの頃はスポータトリアムに出場していた悪役マネージャーのブランドン・バクスターや、リングアナウンサーおよび実況の故マーク・ナルティ、そしてマークとかなり仲良くしていて故レッド・バスチェンなどとも交流のあった前述のPといった人脈が自分にもあったので、その気になれば色々な選手達を紹介してもらえてたはずだが、なぜかそこまでしようと思わなかった。ただ、なんとなく、日本で常連のマードックは紹介してもらえたら面白いかもしれないとは思っていた。

だが、ある日個人的にブランドンと会ってたら、こんなことを言ってきた。

「ディックと一緒にいるのって楽しいんだけど、時々恐いんだよ。バーで飲んでて外に出ると、周りに黒人達がいるのに聞えるくらいの声で平気でNワード(『N』で始まる黒人差別用語)を使ったりしてさ…。」

ちょっと気になったんで、ついでに聞いてみた。

「黒人嫌いって噂は前々から聞いてたけど、日本人はどうなん?」

一瞬、言葉を選んでるかのように間をおいて、

「尊敬してるらしいよ。」

なんか中途半端な表現じゃのぉ…。どうせ紹介してもらって一緒に飲みに行けることになったとしても、東洋人が虐められるような店には連れて行かれたくねえな…。

「その、マードックがダラスに来た時に一緒に行く店って、やっぱ自分みたいなのは行かない方がええわけ?」

「…だね。勧めれない。」

結局(あえて)紹介してもらうことはなく、自分は夏になると6年住んだテキサス、そして渡米以来8年住んだ南部を離れ、翌1996年にはマードックが他界。

葬式では、棺桶の中にマードックが大好きだった缶ビールが置かれ、会場にはビンス・ギルの『Rest High on the Mountain』が流れてたらしい。それを知った時、なかなかいい選曲だと思った。

アリソン・クラウス、リッキー・スキャッグスと共に『Rest High on the Mountain』を歌うビンス・ギル(38秒目あたりから)。ギル自身が、心臓麻痺で亡くなった兄ボブについて書いたという。

Go rest high on that mountain
あの山の高いところで休んでくれ
Son, your work on earth is done.
君の地上での役目は終わったんだから
Go to heaven a-shoutin’
天国へ昇ってくれ
Love for the Father and the Son.
父なる神と御子イエスへの愛を叫びながら

でも、日本のファンにとっては、マードックというと、やっぱこの曲かな。

自分のテキサスでの最後の年に、それも本人が他界する前年にマードックの試合を毎週連続で、それもかなり間近で観れたのは本当にいい思い出となった。

RIP…


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