レスリングの伝統を受け継ぐ人間が、今日また一人この世を去った。
祖国イギリスはもちろん、日本、アメリカやカナダ、オーストラリアでもメインイベンターとして活躍したビル・ロビンソン。
初期の国際プロレスでは、外国人選手であるにも関わらず、日本陣営としてトップに君臨していた。
その後も世界各国で活躍。1975年12月のアントニオ猪木との一戦は、今猶名勝負として語り継がれている。
引退してからも、数年前まで、10年近くまで東京に住み、レスリングのコーチとして若い選手達を指導した。
日本とは強いつながりを持っていた。
うちの親父の最も好きなレスラーもロビンソンだった。プロレスは嫌いだった親父だが、他にも木戸修とかを見ても関心したりして、なんだかんだ言って、見る目はあったのかもしれない。
RIP…
