2002年10月のこと。
聞き覚えのある名前の人からpuroresu.com宛に英語でメールが来た。メールアドレスや内容からして、おそらくアメリカ人だろう。
ルー・テーズの自伝、『Hooker』の出版に関連した人物で、日本語版を出したいので、誰か翻訳を手伝ってくれる人はいないか、という問い合わせだった。
その頃は既に、日本語に「訳」された『鉄人ルー・テーズ自伝』が出版されて数年経っていたが、正直、どうせ日本人ファン向けの内容で、『Hooker』とはかなり違うんだろうな…と思いながらも、『依頼者』にそうお伝えした。
だが、その『依頼者』は、日本語版の存在さえも知らなかったらしい。そのうえ、「結局、『Hooker』の日本語訳が、苦労して出版してみる価値があるかどうかなんだが。」という返事だった。
自分は『依頼者』に、『Hooker』が、プロレスの(暗黙の了解の)裏事情について書かれている本かどうか尋ねた。日本ではまだその頃は、その類の本を出すと非難されて当然という時期だったからだ。いや、今でも明確過ぎることを書くと、あまり喜ばれないかもしれない。
彼の返事は、「業界の裏事情について書かれた部分を省くと、本の長さが半分になるが、決して暴露本ではなく、テーズ本人が自らのプロレス人生を綴ることで、いかに偉大なレスラーだったか知ってもらうのを目的とした本だ。」ということだった。「いくら純粋なスポーツでないとしても、テーズの強さが本物だということも、この本で伝わるはず。」とも。確かにそうかもしらんが…。
実はその頃、ミスター高橋が書いた悪名高い本が出版されてまだ1年も経ってなく、業界でも問題になっていた。そして、今もしテーズ自身が、暴露という目的ではないにしろ、裏事情を十分知られるような内容が大半を占める本を出すとなると、更に大きな問題になるかもしれないということを指摘した。
それに対する、『依頼者』の返事は、「誰もがいつかはプロレスの裏を知る。長年ファンを続けるには避けて通れないことだ。WWEも、カミングアウトしたけど、全く問題にはなってない。もしかしたら、今の日本がそういう時期にあるのかもしれない。」という、自分からするといかにもアメリカ人的発想だったので、それまでよりも心地悪くなってきた。当然、『依頼者』には、「全てを明確にはしたいわけじゃない」という日本人の感性というか気持ちというか、そういうのを理解できなかったのだろう。
とにかく読んでほしいということだったので、お言葉に甘えて、1冊送っていただいた。
だが、自分は読書が苦手。母国語でさえ面倒なのに、英語となると、尚更だ。10月末に本が届いて、仕事の忙しさもあって、やっと読み終わったのは半年後の4月。当然、日本語版『鉄人ルー・テーズ自伝』とはかなり違う内容で、正直、少なくとも自分にとっては、英語版の方が面白かった。だが、自分が出版に関わるかというと話は別。
『依頼者』に、かなり時間がかかったというお詫びとともに、改めて返事した。
その時点ではまだ『高橋本』の影響があったので、自分としては、それ以上問題を大きくしたくないということ。
既に出版されていた日本語版の「翻訳」者とテーズ本人との間でどういう契約がなされているのかわからないので、そういう意味でも問題を起こしたくないということ。
「そりゃ、確かに、出せば売れる。でも、仮に、自分以外の人間に翻訳を依頼しても、少しでも自分が関わったかのような印象を読者に持たせることはやめてほしい。」と、付け加えて、返事をした。
それ以来返事はなかった。当然のことだろう。
確かに、あのタイミングで日本語訳を出版できてたら、多少は金も入ってきたかもしれない。
でも、断ったことについては全く後悔してない。やはり、あの時点で、テーズまでもがファンの夢を壊すような本を出すというわけにはいかなかったような気がするし、話に乗らなかったからこそ、自分は今でも『一人のファン』でいられるわけだし。
先日(2018年1月4日)の東京ドームで、クリス・ジェリコがケニー・オメガと死闘を繰り広げた。それに続く試合では、オカダ・カズチカが内藤哲也と名勝負を見せてくれた。
だがジェリコが、そのオメガと一緒に撮った写真や、内藤とオカダと3人で仲良さそうに撮った写真を、平気でネットに載せてるのを見て、「いや、今でも新日では、こんなのやっちゃだめだろ。」と大きな違和感を抱き、15年前のテーズ自伝についての話を思い出した次第である。