PNWヘビー級選手権

近代王座起源シリーズ(5)

カテゴリー: 近代王座起源シリーズ , NWA

プロレスの選手権は、その起源が不明なものが多い。だからこそ、「どう始まったか」よりも「どう続いたか」の方が重要だ。登場の仕方よりも、その王座を保持した選手や防衛戦の質によって、その価値が高められる。

1980年代、WWFジム・クロケット・プロモーション(JCP)による全米侵攻が始まり、わずか数年の間に米国とカナダのNWA加盟地区の大半が閉鎖および脱退。そんな中、JCPとメキシコのEMLL以外で北米唯一のNWA加盟地区として1992年まで興行を続けていたのは、オレゴン州のドン・オーウェン(ドン・オーエン)率いる太平洋岸北西部地区 (Pacific Northwest = PNW)だった。同地区において、看板王座だったのがPNWヘビー級選手権だ。

1952年9月にオーウェンがNWAに加盟する以前にも、同名の王座は存在していたが、1930年代前半まではオレゴンだけではなくワシントンやアイダホ、そしてカナダのブリティッシュコロンビアなど、周辺の各州においても単発的なものが乱立していたようで、その上、場合によっては新聞記事などで太平洋岸(Pacific Coast)王座と混同されることも頻繁にあったため、不明な点が多い。

1936年12月、オレゴン州ポートランドで世界王座挑戦者決定トーナメントが開催。決勝でグレン・サベージを破り優勝したレッド・シャドーは、間もなく太平洋岸北西部ヘビー級王座を主張し始める。以後、同地区において、この王座が定着するかのように思われたが、第二次世界大戦が始まる1939年には既に自然消滅していたようだ。

オレゴンにおいて再度同名の王座が現れたのは、ほぼ終戦に近い1944年10月、ポートランドでビック・ヒルが州王者クリフ・シードを破り北西部王者に認定された時だ。これもまた約1年ほどしか続かず、翌1945年10月にサンフランシスコ版太平洋岸王者ディーン・デットンが奪取してからは忘れられた存在となった。

だが、1930年代後期以降の同地区は軽量級が盛んで、太平洋岸ジュニアヘビー級ライトヘビー級選手権が同地区の主要王座だったようだ。

このPNWヘビー級選手権、『Wrestling Title Histories』に載っているように、以前はエド・フランシスが初代王者で、1957年6月にビル・サベージが奪取したということだったが、数年前、更に研究を重ねたところ、実際に同王座が誕生したのは、その2年前だということが判明。

1955年、ドン・オーウェンはNWA認定北西部ヘビー級選手権の設立を発表。まず、オレゴン州王座決定戦が開催され、5月17日、セーラムでルーサー・リンゼイ(ルター・レンジ)がバッド・カーティスを破り王座を奪取。

翌週の5月24日には、北西部王座決定戦として、オレゴン州王者リンゼイと、『ワシントン、アイダホ、ブリティッシュコロンビアに亘るトーナメント』に優勝したとされるロジャー・マッケイが対戦、リンゼイが勝利し、初代王者に君臨した。これが後にPNW選手権として知られることとなる。1970年代までは単に北西部王座として認定され、PNWという略称が定着したのは、1970年代後期か、または1980年代に入ってからだと思われる。それまで同地区の看板王座の一つだった太平洋岸ライトヘビー級選手権を置き換えるような形でPNWヘビー級選手権の歴史が始まるわけだが、太平洋岸ジュニアヘビー級選手権も約2年後の1957年5月に封印された。

1955年5月 オレゴン州セーラム
オレゴン州ヘビー級王座決定戦 (17日)
初代NWA北西部ヘビー級王座決定戦 (24日)

以降、1950年代にはビル・サベージやエド・フランシス、1960年代にはマッドドッグ・バション、トニー・ボーン、ムーンドッグ・メインらが中心に王座を保持。1970年代には、シアトルのプロモーターでもあったダッチ・サベージが王座に就く回数も多かったが、以降1980年代にWWFやJCPが規模を拡大する頃まで、ジミー・スヌーカ、バディ・ローズ、ロディ・パイパー、リック・マーテル、カート・ヘニング、ビリー・ジャックといった、後に全米規模で活躍する選手達も王座に君臨。

1988年9月、オレゴン州ポートランドで、キューバン・アサシン(デビッド・シエラ)が、当時ジム・クロケット・ジュニアが管理を独占していたNWA世界ヘビー級選手権に挑戦、リック・フレアーに反則勝ちで王座奪取に失敗したが、これがJCP管理下時代最後のJCP以外での同王座防衛戦となった。だがその頃にはWWFとJCPの2大勢力に対抗する形で、AWAWCWA(ダラス)、CWA(メンフィス)といった団体が提携、そこにPNWや新日本プロレスも加わっていた。テッド・ターナーがJCPを買収しWCWを設立した翌10月、ポートランドでは藤波辰爾がザ・グラップラーを破り、PNWヘビー級選手権を奪取し日本に持ち帰った。12月5日、名古屋でグラップラーを相手に防衛するが、5日後にポートランドで奪回される。

尚、1992年5月、W★INGの大阪大会で、金村ゆきひろがグラップラーを破りPNWヘビー級王座を奪取したが、実際には、その時点でオレゴンで王者として認定されていたのはC・W・バーグストロムで、同年7月に団体が閉鎖するまで保持していた。グラップラーが物理的なベルトを所有していたことから、独自に日本で防衛戦を行ったようだ。

改めて過去の王者一覧を振り返ると、錚々たる顔ぶれで、PNW閉鎖後も色々なインディ団体が同名の王座を認定し続けており、同地区ではもちろん、米国プロレス史においても価値ある選手権だったと言っても過言ではない。



参考資料:

  • Wrestling-Titles.com
  • Statesman Journal (オレゴン州セーラム地元紙)
  • Oregonian (オレゴン州ポートランド地元紙)


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