今尚NWAを追う(33) –『Hard Times 3』

『過酷』というより『混乱』かも

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NWAは、2022年8月下旬に開催された発足74周年記念大会で、次期PPV大会『Hard Times 3』が11月12日ルイジアナ州ニューオリンズの郊外シャルメットで開催されることを発表。同大会を共催する現地のインディ団体ワイルドキャット・スポーツのプロモーターは現在NWAで活躍中のルーク・ホークスで、2011年に旗揚げと同時にNWAに加盟するが、2012年7月にブルース・サープがNWAの権利を得ると離脱。現体制のNWAとしては初のルイジアナ州での開催となる。

メインイベントは世界ヘビー級王者トレバー・マードックに、負傷により返上を余儀なくされた前王者マット・カルドナが挑戦することが決定。多くのファンがカルドナ奪回を予想していたようだが、それを覆す展開となった。

世界テレビ王者は、7度以上防衛すると世界ヘビー級王座への挑戦権を得ることができる。王者タイラスは9月13日放送の『NWA Powerrr』でミムスを相手に8度目の防衛。そして9月24日放送のインタビューでテレビ王座を返上して世界ヘビー級王座に挑戦することを宣言。その結果、『Hard Times 3』のメインイベントがマードックおよびカルドナとの3ウェイ戦に変更された。また、新テレビ王座決定トーナメントの開催も発表された。

同じく9月24日の放送では、世界ジュニアヘビー級王座挑戦者決定6ウェイ戦が行われ、74周年記念大会でも挑戦したケリー・モートンが勝利し、再びホミサイドとの対戦が決定した。

世界女子王座は、王者カミールと挑戦者決定戦に勝利したタヤ・ヴァルキリーの再戦が決定していた。だが、ブリー・レイが教え子のカイリン・キングにも十分挑戦する資格があると主張。その結果、10月11日放送の『NWA Powerrr』で改めて王座決定戦が開催されキングが勝利した。

カミルは10月15日メキシコシティで、タヤ・ヴァルキリーの保持するAAAレイナ・デ・レイナス王座に挑戦するも敗北。ヴァルキリーがNWA74周年記念大会での雪辱を果たしことにより、1対1となった両者の決着戦が期待されるところだが…。

昨年、優勝チームのメンバー達に王座挑戦権が与えられるという『チャンピオンズ・シリーズ』が開催されたが、ザ・ポープと共に優勝チームのキャプテンだったベルベット・スカイにも挑戦権が与えられていた。だが現在実況解説を担当し引退同然のスカイは、長年のパートナーでるアンジェリーナ・ラブ、そしてマット・カルドナの妻であるチェルシー・グリーンとの試合の勝者に権限を譲ることを決意した。結果、グリーンが勝利したため『Hard Times 3』での試合がカミール、カイリン・キング、グリーンによる3ウェイ戦に変更された。個人的な意見としては、主要王座の3ウェイ戦が連発すると王座自体の価値を下げるような気がするのだが、世界ヘビー級と女子の両選手権試合が3ウェイ戦に変更されたことにより、実際多くのファンが疑問を抱いていたようだ。

10月1日放送の『NWA USA』で世界テレビ王座決定トーナメントの決勝戦がA・J・カザナとジョーダン・クリアウォーターとの間で行われたが、引き分けに終わり、『Hard Times 3』での再戦が決定。

自称『オースティン・アイドルの息子』サイオンが保持するナショナル・ヘビー級王座は、10月11日放送の『NWA Powerrr』で挑戦者決定トーナメント3ウェイ決勝が行われ、ダック・ドレイパーがクリス・アドニスとスリルビリー・サイラスを破り、『Hard Times 3』での挑戦権を得た。

また、10月15日放送の『NWA USA』では、ノンタイトル戦でマディ & ミッサ・ケイトが世界女子タッグ王者組プリティ・エンパワード (ケンジー・ペイジ & エラ・エンビー)に勝利。結果、『Hard Times 3』での挑戦が決定。

10月29日放送の『NWA USA』ではビリー・コーガン社長が、かつてデトロイト地区でザ・シークが保持していたUSヘビー級選手権ベルトを基に作成したUSタッグ王座の新ベルトを、現在ザ・フィクサーズが保持しているベルトと交換することを発表。だが、レッキングボール・ルガースキーは「この(星条旗と同じ)赤、白、青の入ったベルトがいい。」と、新ベルトを拒否。そのまま現ベルトを持って『Hard Times 3』で王座を防衛した。

『Hard Times 3』をNWAと共催するワイルドキャットのプロモーターでもあるルーク・ホークスは、11月1日放送の『NWA Powerrr』で息子P・Jと組み、ダーティー・セクシー・ボーイズ (ダーティ・ダンゴ & JTG)を破り、74周年記念大会に続いて世界タッグ王座挑戦権を獲得。地元での王座奪取の期待が高まった。

https://twitter.com/LukeHawx504/status/1574382810718244866
俳優およびスタントマンとしても活躍するルーク・ホークスは、現在NBCで放送中のザ・ロックことドウェイン・ジョンソンの伝記ドラマ『ヤング・ロック』でスティーブ・オースティンの役で出演。

同大会でオディンソンとの対戦が決定していた元世界ヘビー級王者ニック・オルディスだが、11月6日に自身のインスタグラムで、NWAに辞表を出し来年1月の契約満了を以って離脱することを発表した。当初はサブスクリプションのメンバー専用に準備した動画のつもりだったようだが、誤って公開してしまい、削除した頃には既にニュースは広まっていた。離脱の理由は、過去5年間NWAの主要選手としてだけではなく裏方でも同団体を支えてきたが、ビリー・コーガン社長によるブッキングの方針を中心とした団体の方向性が、自分の求めるものと離れ過ぎたということだ。翌日NWAはオルディスの『Hard Times 3』欠場と契約満了までの謹慎処分を発表。そしてコーガンは11月8日ラジオ番組『Busted Open』にゲスト出演し、契約が55日残っており1月まではギャラも支払われる立場であるにも関わらず、公にNWAおよび社長としての自分を批判しているオルディスに対する不満をぶち上げた。また、74周年記念大会でのトレバー・マードックへの挑戦者をオルディスからタイラスに変更した時点では、オルディスへの不満があくまでストーリー上の話だったということも告白した。

一方オルディスは11月11日、ポッドキャスト『Notsam Wrestling』に出演。インスタグラムに誤って動画を公開したことを悔やみながも、「ハーリー・レイスの教えを受けた者として、常に『ハーリー・レイス・テスト』に受かるような内容のことをやっているかどうかが重要」だとし、女性選手の耳を舐めたりする覆面選手ギャグス・ザ・ギンプの登場や、相手選手に触れずに試合をする『ソーシャル・ディスタンス・マッチ』の開催など、本来NWAが大切にしているはずの伝統とはかけ離れたようなものが続いていることに不満を持っていると明かした。コーガンとオルディスの確執が74周年記念大会の時点ではまだ表向きの話だったことから、両者ともお互いに「相手はワーク(=work、日本ではなぜか多くのファンの間で『ブック』と言われる業界用語)を通してシュートを仕掛けてきた。」と言い合い、正に泥沼化の状態だ。

そんな大混乱の中、NWAはニューオリンズ大会を迎えることになる。

試合結果 (左側が勝者、最初の3試合はYouTubeで無料配信):

  • 世界テレビ王座挑戦者決定戦: ミムス (5:38) アンソニー・アンドリュース
  • ワイルドキャット・タッグ選手権: スライムSZN [ブー・クー・ダオ & J・スペード] (7:02) ミゼラブリー・フェイスフル [サル・ザ・パル & ギャグス・ザ・ギンプ]
    ※ 王座防衛。
  • ハードコアマッチ: アンソニー・メイウェザー & ザ・ポープ & JTG (10:36) ジャックス・デイン & アレックス・テイラー & マーキュリオ
  • 世界テレビ王座決定戦: ジョーダン・クリアウォーター (10:43) A・J・カザナ
  • 棺桶マッチ: マックス・ザ・インペイラー (8:15) ナタリア・マルコバ
  • MLWナショナル無差別級選手権: デイビー・リチャーズ (6:43) コルビー・コリノ
    ※ 王座防衛。
  • 覆面マッチ: クエスチョン・マーク2 (6:01) クエスチョン・マーク
    ※ ロドニー・マックが覆面を剥がされるが、タオルで顔を覆ったまま退場。
  • 世界ジュニアヘビー級選手権: ケリー・モートン (10:03) ホミサイド
    ※ 王座移動。
  • スリルビリー・サイラス (4:45) オディンソン
  • USタッグ選手権: ザ・フィクサーズ [ジェイ・ブラッドリー & レッキングボール・ルガースキー] (8:47) ザ・スペクタキュラーズ [ラッシュ・フリーマン & ブラッドリー・ピアース]
    ※ 王座防衛。
  • ナショナル・ヘビー級選手権: サイオン (6:00) ダックス・ドレイパー
    ※ 王座防衛。
  • 世界女子タッグ選手権: プリティ・エンパワード [ケンジー・ペイジ & エラ・エンビ] (8:13) マディ & ミッサ・ケイト
    ※ 王座防衛。
  • EC3 (8:32 反則) トム・ラティマー
  • 世界タッグ選手権: ラ・レベリオン [ベスティア666 & メカ・ウルフ] (10:49) ホークス・エイリー [ルーク・ホークス & P・J・ホークス]
    ※ 王座防衛。
  • 世界女子選手権 (3ウェイ戦): カミール (9:04) チェルシー・グリーン、カイリン・キング
    ※ 王座防衛。
  • 世界ヘビー級選手権 (3ウェイ戦): タイラス (10:03) トレバー・マードック (王者)、マット・カルドナ
    ※ 王座移動。
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世界女子王者カミールに、またもやフォール負けを喫したチェルシー・グリーン。本拠としていたインパクト・レスリングとの契約が最近切れたことから、噂通りWWE復帰となるのだろうか…。

コルビー・コリノは、父スティーブではなく、13歳の時にROHの会場で見たデイビー・リチャーズに憧れてプロレスラーを目指すことにしたという。それを知ったビリー・コーガンが今回の試合を組み、74周年記念大会に続くリチャーズの参戦となった。

世界ジュニアヘビー級王座を奪取したケリー・モートンは、ロックンロール・エクスプレスの片割れで元世界タッグおよびジュニアヘビー級王者リッキー・モートンの息子だ。その雰囲気から、悪役を目指してほしいところだが、正直なところ試合内容以上に、インタビューなどでの喋りを磨いてくれればとも思う。ケリーは3代目、コルビー・コリノは2代目と、プロレスラーを父親に持つ選手同士で悪役タッグを組んでも面白いかもしれないが、NWAから離脱しない限り、いずれコルビーが王座を奪取しそうな気がするので、今後この2人が抗争していく可能性もある。

https://twitter.com/TajiriBuzzsaw/status/1588712324797718528
TAJIRIに対してNWAと全日本プロレスの交流、そして日本でのナショナル王座防衛を提案するサイオンに本人が反応。

そして問題の世界ヘビー級選手権。ブーイングの中、タイラスがマードックをフォールし王座を奪取してしまった。即ネットは炎上し、「今後はNWAを見ない。」、「サブスクリプションは解約する。」などといった投稿が続出した。

ニック・オルディスも、「言わんこっちゃない。あのPPVの結果が現在の、この業界にとって有毒なブランドに成り下がったNWAの現実だ。」と、ここぞとばかりに批判を続ける。

では、なぜタイラスがそこまで嫌われているのか?

最も大きな理由はやはり選手としての質だろう。確かに喋りは上手で、現在のNWAの中でも上の方だと思う。だが、歩くのがやっとと思わせるような動きが多いのも事実。今やインディ界で引っ張りだこのマット・カルドナや、風貌や試合運びからも昔のアメリカのプロレスを彷彿させるトレバー・マードックと比べると、どうしても世界王者としての説得力に欠ける。今回のメインイベントも、カルドナとマードックがタイラスの動けない部分を補ってるように思える場面が目立ったような気がする。

去年開催された女子選手のみの大会『EmPowerrr』のプロデューサーはニック・オルディスの妻であるミッキー・ジェームスだったが、何故今年開催されなかったという問いにビリー・コーガンは、「確かにスケジュール的に出場できそうな女子選手は多いかもしれない。だが、みんながNWAのスタイルで試合ができるわけではない。」と返答していた。その矢先のタイラス王座奪取という結果に、「これがそのNWAのスタイルなのか」と、多くのファンが拒否反応を示すのも無理もない。

https://twitter.com/JustAlyxCentral/status/1591968385402798085
タイラスが世界ヘビー級王座を奪取すると、「所詮この程度の選手」と言わんばかりに昨年の73周年記念大会の試合での一場面が拡散された。

もう1つの理由として挙げられるのは、タイラスの政治的な活動だ。

WWEのマクマホン夫婦とドナルド・トランプ前大統領のつながりは有名だが、過去にはリック・フレアーやハルク・ホーガン、アンダーテイカー、現在もクリス・ジェリコやヤング・バックスらが共和党支持者として知られており、プロレス界には意外と(?)右寄りが多い。だが、SNSでの投稿こそあるが、プロレスと政治活動を直接つなげるようなことは、少なくとも目立つところではしていない。

それらの選手達とは違い、タイラスの場合は右翼ニュース局として知られる『FOXニュース』で放送中の人気トークショーにNWA世界テレビ王座のベルトを持ったままレギュラー出演しており、テレビを通じて政治活動をしているのと同然だ。主要メディアの大半が左寄りのため、どうしても右寄りの視聴者はFOXニュースに集中してしまう。この『露出』に、陰謀論で有名な極右サイトの番組にゲスト出演していたこともあるビリー・コーガンが目を付けたとも言われており、実際王座奪取から3日後の11月15日の放送でタイラスは既にベルトを持ってFOXニュースの番組に出演している。米国民の間で政治的な分裂が進んでいる中、右寄りの番組で多くの発言をしているということは、支持者も多いが、それに反感を持つ人々が多いのも当然のこと。スポーツニュースやバラエティー番組のレギュラーならまだしも、もしタイラスの政治的な番組での人気をコーガンが利用しているのであれば、疑問を持たれても不思議ではない。

またタイラスは昨年、猥褻なコメントが含まれるテキストメッセージを送り続けたという理由で、FOX系の別番組で共演していた女性アナウンサーからセクハラで訴えられていたという事実も、多くのファンにっては無視できないようだ。

ただしNWAの現状を考慮すると、現時点ではタイラスしか選択肢がなかったのかもしれない。

チェルシー・グリーンのWWE復帰説が囁かれる中、夫であるマット・カルドナが後に続くという噂もあり、エース格だったニック・オルディスが離脱し、もし本当にカルドナもWWE復帰に向かっていて今後のNWAでの活動が保証されていないのであれば、とりあえず知名度が抜群のタイラスに賭けてみるしかなかったという可能性もある。とはいえ、腐ってもNWA世界ヘビー級王座、当然のことながら「試合内容はさておき、知名度の面で…」などとは言ってられないと思っているファンも多いようだ。マードック防衛はもちろん、ザ・ポープやジャックス・デインなど、もう少し世界王座に相応しそうな選手が他にもいると尚更だ。

現在タイラスは、オースティン・アイドル率いる『アイドル・スポーツ・マネージメント』(ISM)というユニットに属しており、他にはマネージャー役のBLZ・ジーズ、ナショナル王者サイオン、世界テレビ新王者ジョーダン・クリアウォーター、マルシェ・ロケットがメンバーだ。つまり、4つの男子シングル王座の内、その3つをISMが握っているということになる。11月15日放送の『NWA Powerrr』では、番組冒頭からISMがリング上に集結し、タイラスが「誰の挑戦も拒否しない」と宣言。だが、そこにはメンバーであるはずのロケットの姿はなかった。

世界テレビ王座を奪取したジョーダン・クリアウォーターは、デビッド・マルケス主宰のUWNで世界王者に認定されている他、NJPWストロングでも活躍中。

当日のメインイベントでは、かつて共に世界タッグ王座を保持したアロン・スティーブンスとクレイトスの一騎打ちが実現。だが覆面選手2人組が乱入しクレイトスを襲った。片方は『Hard Times 3』でマスクを剥がされたロドニー・マックだと思われるが、もう1人はおそらく番組冒頭でISMと一緒にいなかったマルシェ・ロケットだろう。ベテランのマックが未熟なロケットを引っ張っていくのであれば面白いタッグチームになる可能性もある。その後、クエスチョン・マーク2がクレイトスの救出に駆け付けるが返り討ちにあってしまう。

果たして、アロン・スティーブンスとクエスチョン・マーク2の抗争の行方は? っつうか、このキャラ、やっぱいらんけどなぁ…。

「歴史を尊重したい」と言う割にはエンターテイメント的要素を増やしていくビリー・コーガンの今後の方針とは?

ニック・オルディス離脱後、『NWAの顔』となりつつある世界女子王者カミールの次なる挑戦者は?

マット・カルドナとチェルシー・グリーンは本当にWWE復帰となるのか?

地元ニューオリンズでの世界タッグ王座奪取とならなかったホークス親子に『3度目の正直』はあるのか?

タイラスはとうとう団体のエースとなってしまったのか? それともあくまで『つなぎ』の王者なのか? 個人的には後者がいいな。(笑)

まだまだ目が離せないNWAなのである。


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