『puroresu』

これからも拘り続けていきたいと思う。

昔からコンピューターが好きな自分は、1990年代前半、大学の2年目くらいには既にCompuSERVEやProdigyなどといった、日本のNIFTY-Serveのようなオンラインサービスはもちろん、多くの一般人に普及し始める前のインターネットを使っていた。その中で、英語圏のプロレスファンたちと掲示板などでやりとりすることが多く、オンラインで知り合った日本人の友人と2人で、いかに日本のプロレスが素晴らしいか主張し続けた。

特にその頃は、既に世界一のプロレス団体だったWWF(現WWE)なんて子供向けでしかなかったし、GLOWなどという「ええ加減にせぇや…」と思わせるような女子プロレス団体も存在し、日本のプロレスとは殆ど別物だった。

アメリカには盲信的に愛国心の強い人達が多く、当然その中には、自分達の国以外で素晴らしいものがあると聞いただけで攻撃的になり、「日本のレスリング? みんな太ってケツ出してんのか?」とか、「背の低いド近眼の連中が走り周るだけだろ?」とか、偏見の強い意見を言われることも少なくなかった。

でも、国や言語を問わずにプロレス大好きっていう人達も多く、そういう人達が初めて日本のプロレスを見ると、非常に喜んでくれた。

そんな1990年代初期、うちら2人はネット上で、『Japanese pro-wrestling』ではなく、あえてローマ字で『puroresu』という言葉を使い始めた。

その頃既に、熱狂的なアメリカのプロレスファン達は、スタイルの違うメキシコのプロレスのことを、そのままスペイン語で『lucha libre』と呼び始めていた。

それとは別に、英語圏でも日本のアニメが人気が出始めていて、ビデオレンタルでも『Japanimation』というコーナーが増え始めていたが、これまたマニアックなファン達の間では少しずつ『anime』という言葉が使われ始めていた。

ならば、当時のマンガのようなアメリカのプロレスと差別化するために『puroresu』という言葉を普及させるのもいいんじゃないかと、そう思った。

一時期は、英語圏の『puroresu』ファンの間で、自分も有名だったことがあり、何度かラジオ番組でのインタビューの依頼もあったし、1990年代後期くらいまではプロレス会場でも自分のことを知ってるファンがちらほらいた。自分のウェブサイトを見つけて連絡くれたドリー・ファンク・ジュニアと一緒にメシを喰いに行ったこともあった。とはいえ、もう昔の話だが…。

今でも時々、この言葉を広め始めた頃の自分にとって、『puroresu』ってのがどういう意味を持っていたのか思い出すことがある。

アメリカのプロレスとは違い、『puroresu』は単に試合を見て喜ぶだけじゃなく、ファンが夢や希望を求めたり、見ることによって選手達の人生ってのを感じたり、励まされたりするものだったってこと。

この言葉を使い始めて二十数年経ったある日、チャットしていた日本人の方に言われた。

「(アメリカのプロレスと)同じだろって言われると、俺らのは違うのっていちいち言わなくて良いって、すごい偉業だと思います。」

長年『puroresu』に拘り続けてきてよかったと思う。


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