国会議員と横綱と

振り返ると、『初めて』の場所にいた。

小学校4年生か5年生だった頃の話。 これは、日本の大半で同じような感じだろうが、当時の我が故郷広島県東城町も、歩行者はおろか車でさえもあまり走ってない現在とは違い、どの商店街も結構賑わっていた。昼間にはチリ紙交換やアサリ …

皇帝戦士

レオン・ホワイト (1955 - 2018)

新日本プロレスの歴史の中でも、そして本人のプロレス人生の中でも『汚点』と言っても過言ではない。罵声の中での日本デビュー戦にも関わらず、その後人気を得て外国人のトップに君臨することができた選手なんて、…

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ベルト流出

というか、持ち逃げ?

これまでプロレス界では、王座を保持していた選手が、ベルトを持ったまま他団体に移籍することが何度もあったが、自分が思い出せるだけ挙げてみる。 NWA世界ライトヘビー級王座1960年7月、ゴリー・ゲレロがレイ・メンドーサから …

生きた伝説

『レジェンド』なんて、本当はそんなにいないのかも。

日本でもアメリカでも、最近の人達は、やたらと『レジェンド』という言葉を乱用しているような気がする。 でも、もしそれを、元々の日本語である『伝説』に置き換えたらどうだろうか。簡単に『レジェンド』とは呼ばれるが、『伝説』とい …

自由に羽ばたけたら…

「もし明日いなくなっても、俺のこと覚えてくれるかい?」

1983年。夏になりかけた頃のある日の、暖かい昼過ぎだったと思う。記憶の中では日曜午後だったような気がするが定かではない。 自分が旅行で初めてアメリカに来るのは、その約9月後、中一が終わってからの春休みだった。既にその旅 …

テキサスの思い出(2) – 黄色い薔薇

これからも人との縁って、大事にしていきたいと思う。

1984年2月のある日、自分はいつも以上に楽しみにしながら、テレビで全日本プロレス中継が始まるのを待っていた。見たかった選手の3年ぶりで3回目の来日だったからだ。 だが、放送のオープニングで、いきなり彼の遺影がアップで映 …

悲報が続くなぁ…。

巨匠達がこの世を去っていく。

自分が何の仕事をしてるかって聞かれると、コンピューター関連なわけで、それしか職業にしたことはない。 だが、趣味が何かと聞かれると、時々戸惑うことがある。 音楽とプロレス…ってことになるんだろうが、両方とも、費やす時間が多 …

ビル・ロビンソン (1939 – 2014)

親父の最も好きなレスラー

レスリングの伝統を受け継ぐ人間が、今日また一人この世を去った。 祖国イギリスはもちろん、日本、アメリカやカナダ、オーストラリアでもメインイベンターとして活躍したビル・ロビンソン。 初期の国際プロレスでは、外国人選手である …